祇園祭  郭巨山公式サイト「世界遺産 京都の日本三大祭」

伝統の中心、
会所

祭りを手で人で作る

巡行を行う郭巨山の保存や神事、町人達の交流など、あらゆる伝統の継承が会所で行われます。7月中通して行われる祇園祭、次期開催のために365日間会所を中心にして準備が行われます。人と人、手と手、それらをつなぐ会所。その特有の意匠性や、そのものの建造物的な価値を再確認し、 100年にむけこの度保存建築物として増築を行います。

世界遺産、祇園祭の山鉾巡行

日覆い障子と乳隠し

2021年、世界で最も憧れられる観光都市に選ばれた京都の神事、そして日本三大祭にも数えられる祇園祭は、 869年に始まり、約1150年の歴史を歩んできました。

前祭の23基、後祭11基、そして200年ぶりに復活する休山1基(合計35基)にて織りなす巡行が、祇園祭の山鉾巡行。郭巨山の特徴は、乳(ちち)と呼ばれる、胴掛を吊すための小裂れを隠すための飾り板「乳隠し(ちかくし)」を、そして、さらに進化させた欄縁と共に重複して飾り、金地彩色法相華文様の麗しい板絵の乳隠しと山鉾屈指の桐、桜、菊の細密な厚肉透彫りの欄縁が豪華な胴掛け装飾と引き立て合う美しさにあります。

7月の間、
止まない祇園祭

夜の祇園祭

山鉾巡行は、前祭、後祭の2日に分けて執り行われます。その豪華さから、山鉾巡行が終わった後ではもう遅いとして、「あとのまつり」の語源にもなりました。

祇園祭は7月1日から行事が始まり7月中行事が続きます。祇園祭には昼だけではなく夜の魅力があり、中でも宵々々山、宵々山、宵山では、街中が昼夜問わず豪華絢爛な家宝の展示や、伝統文化織りなす老舗や工房、神事など、特別な催しを体験できます。

1000年を超える先祖からの想い

3020年にも変わらぬ郭巨山を

今の祇園祭りの姿は、有名な洛中洛外図に描かれている姿と変わりなく受け継がれてきました。その受け継いだ1000年の歴史を、想いを。私達、そして子、孫と1000年後の人類のために、国を超え、時代を超えて守り続けたいと願います。

地域で伝統を
守るということ

1町内で1山鉾を

郭巨山の美しさは、象徴となる山だけではありません。
粽や神事の作法、装飾品の保存、言霊や衣装等の伝統一つ一つに写ります。平安の優雅な姿にひたりれる非日常を演出するものが、変わらぬもの、守るものの美しさが、道具一つまで細部に染み渡っています。

京都中が華やぐ

山鉾巡行のために
町は様相を変える

山鉾は、大きいもので高さ25mにも及びます。
「本当に通れるのか・・・」と心配になるような通りでも、変わらず巡行が行われるために、電柱など引っかからないよう町内の家々や設備なども協力してまつりを成功させます。

厄除けと
金運開運

郭巨山の粽は
金運、商売運にご利益

祇園祭では、厄除け粽が祭りに訪れた人たちに授けられます。

郭巨山では金運開運の小判のお守りが添えられ、金運、商売運にご利益があるとされています。

希望の光を灯す郭巨釜掘り

郭巨釜掘り

祇園祭は、この荒ぶる神の怒りを鎮め、悪霊を退散させることで、疫病や災いから民を守るために執り行われる神事です。
郭巨山では、古来飢えに苦しんだ時代、親か生まれたての我が子の極限の選択を迫られた後漢の人郭巨に、天から授けられた黄金一釜。一札あって「天賜孝子郭巨、官不得奪、人不得取」と記され、母子に孝養を尽くせたということから、希望の光を灯す金運、商売運のご利益があると伝えられています。

Gallery

フォトギャラリー