■お祭りの概要

3.牛頭天王(ごずてんのう)

摩羅耶山という牛の頭に似た山から出る栴檀(せんだん)が熱病に効くのでこの栴檀を牛頭と呼び、山を牛頭山と称し、鎮座する神様を牛頭天王とする防疫信仰が生まれた。

蔵王陀羅尼経(ざおうだらにきょう)には「癘鬼(れいき)を縛撃(ばくげき)し、疫難(えきなん)を禳除(じょうじょ)す」とあり、神道集では牛頭天王は天刑星、武塔天神、天道神とされ、天刑星は道教の神で疫神をとってくうとされる。

一方、北天竺の大王は黄牛の顔で鋭い角があり牛頭天王といわれ、南海の龍王の第三王女を妻にせよ、との天示により旅に出たところ、南天竺の巨旦(こたん)大王の国で一夜の宿を乞うたが断られ、奴婢の娘に教えられた蘇民将来のところへ行くと、貧しいながらも精一杯のもてなしを受けた。無事、龍宮に着き、妻を娶り、八王子を得た牛頭天王は巨旦大王を滅ぼしに行き、蘇民将来に「自分は行疫神となるが蘇民将来の子孫には害を与えない」と約束して防疫の方法を教えた、という行疫の伝説もある。

4.素戔鳴命(スサノオノミコト)

古事記では姉である天照大神の所有田で悪戯を行ったり、大雷雨を降らせたりする神として描かれ、日本書紀では「新羅国(しらぎのくに)に降到(あまくだ)り曽尸(ソシ)茂梨(モリ)に居(ま)します」とあり、韓国語でソシとモリはそれぞれ牛と頭を意味し、また柱と頂点をも意味し、これは鉾の形態に通ずる。また韓国江原道春川には牛頭山があり、熱病に効く栴檀を産した。

出雲国で八俣(やまた)の大蛇(おろち)を退治し、櫛稲田姫命(くしなだひめのみこと)を妻に娶り詠んだ「八雲立つ出雲八重垣妻ごめに八重垣作るその八重垣を」は、わが国最初の和歌三十一文字といわれる。

備後国風土記では南海を旅した武塔神が蘇民将来の暖かいもてなしに対し、吾はハヤスサノオ神で疫病流行の際、蘇民将来の子孫といえば免れさせる、と神約した。

伊呂波字類抄には北天竺の吉祥園の城主は牛頭天王といい、又の名を東王父を父、西王母を母の武塔天神といわれ、龍王の第三王女を后として八王子を生んだとある。

わが国の神話による素戔鳴命と牛頭天王、武塔神とは本来同一神ではないが陰陽道と混ざり、神仏習合された。

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